トップページ > 文豪コロシアム×創作論 > 寝倉響先生③
トップページ > 文豪コロシアム×創作論 > 寝倉響先生③
紙書籍と成功体験
前回、チャットノベルで小説家デビューを果たしたことは話したが、それはあくまで電子書籍。もちろん電子も立派なデビューではあったが、子供の頃から本を読んできた身からすると、やはり紙の書籍として出版したいという願望があった。
そんな中、銀河企画という出版社がライトノベルのゲーム化を目的とした原案小説を募集することを知った。採用された作品は紙の書籍となって販売されるというものだった。そこに狙いをつけた。
ゲームブックと言われる形態の小説は、読んでいくと読者が選択肢を選ぶ場面がやってきてその選択肢によってストーリーが変わっていくといったものだった。
そこへ応募したのが冬季オリンピックの正式種目にもなっているスケルトンを扱った「白銀ペンギン~百分の一秒の軌跡~」。この作品は誰も扱っていないものを題材にすれば一部の読者に刺さるんじゃないかと考えマイナーなスポーツを調べ上げて書いた作品で、前述したトークメーカーに投稿した作品だった。無論、この作品も共幻社小説コンテストに応募したのだが箸にも棒にも掛からないという評価をもらっていた。
そんな作品を応募した理由は物語の分岐点を考える時にスポーツの勝敗というのは都合よく簡潔明瞭に読者に伝わりやすいかたちで分岐させられると思ったからだ。ブラッシュアップを重ねてから他の作品と一緒に応募し、その結果採用されるに至ったのだった。
担当者からまず最初に依頼されたのはフローチャートの作成だ。分岐点をいくつか作成し、物語の結末も複数用意したが、何度か直しが入りようやくOKを貰えたと思い、安堵していたところで今度はそのフローチャートを基にした小説の執筆がやってきた。それが一番大変だった。同じ小説をほぼ最初から何度も書いているような感覚に襲われ、挫折しかけたが、紙での書籍化という大きな夢が何とかモチベーションを保ってくれた。仕事の合間や休みの日を使い数か月程かけてようやく原稿が完成した時は、開放感と達成感に包まれた。
初版で四桁の部数の印刷が決まった。版数に応じた印税が入ってくることになり、心臓が高鳴った。イラストレーターのイラストと編集作業が終了し、2022年7月いよいよ発売を迎えた。有難いことにいくつかの図書館にも寄贈されることになった。そこで小説家になったことを強く実感したのだが、それに加えて、今作ではあとがきを書かせてもらうことになった。作者のあとがきで自分の身の上話を書いたり、出版社へのお礼を述べたりしているのを見てきたが、まさか自分がそれを書く側の立場になるとは思ってもみなかったので興奮し、僅か10分足らずで書き上げてしまった。今まででこんなに筆が進んだ10分間はなかったように思う。そして出版された自分の作品を自宅で開きあとがきを読んでいると、少し恥ずかしい気持ちが胸にこみ上げ、僕は改めて小説家になったことを実感した。
しかし当然だが小説だけで食べていくことは出来ていない状況であり、あくまで通常の社会人が9.5割、作家が残りの0.5割という収入リズムで細々と活動を行っている。もちろん夢は専業作家であるし、もっと世に自分の作品が認知されることだが、今はこの喜びに浸り、これまで支えてくれた多くの人たちに感謝しながら、作品を書き続けていきたいと思う所存である。
誰もがこういった成功体験があるわけではない。しかしながら諦めず試行錯誤していくことで自分では想像もつかなかった角度から新たな道が見えてくるはずです。
他の創作論を読む